こんにちは。
もう9月も半ばを過ぎだというのに、関東では暑い日が復活しています。
今年はほんとに暑い夏でしたね。
わたくしも何年かぶりで真っ黒に日焼けして、夏を満喫しましたが、
そろそろ秋が恋しくなってきました。
今日は「甘え」と「感謝」についてお話しようと思っていたのですが、
夜子先生のBlog「ヨルブロ」にお邪魔したら素敵なメッセージがあり、
思うところがありましたので変更して、
「与えることは受けること」についてお話することにします。
「与えることは受け取ることと同じである」
これはわたくしが尊敬するジャンポルスキー氏の言葉です。
しかしこのことを完全に理解して、いつもこの心情でいることは
とても難しいことです。
しかし難しいからといって、「出来っこない」とあきらめてしまうことは、
しあわせに背を向けるようなものです。
どうか、いつもこころに留めていていただきと思います。
前置きがすごーく長くなりましたが、
与えることが、どうして受けることと同じなのか?
一番わかりやすいのは、
親と子供の関係に見られます。
親は我が子を無償の愛で育てます。
いつも最良のものをと、そのとき持てる全てをかけて、出来る限りのことをします。
では子供はどうでしょうか。
子供はどんな親でも親を愛しています。
親は子供に与えたものを返してもらおうとは全く考えません。
一切の見返りを期待しないのです。
子供が自分を愛してくれているのか、いないのかさえ、考えないものです。
目に見えることで言えば、親が年老いたとき、
子供は親の世話をします。
一人でお墓に入れる人はいません。
しかし目に見えないところで、この法則はいつも成り立っているのです。
与えた分だけ、受けているのです。
ですから 「与えたることは受けることと同じ」 なのです。
でも、受けるために与えるのではありません。
子供に見返りを期待しないのと同じです。
受けるものについて考えることは必要ないということなのです。
考えることは、相手に対して全力で力になろうということだけなのです。
恋愛において、相手が自分の話ばかりして、わたしの話を聞いてくれない。
というようなことをよく聞きます。
このようなことを聞くと、その人は相手の話をよく聞いてあげているのだなと、
思いがちですが、これは錯覚です。
自分の話を聞いてくれない と、不満の気持ちで悶々としながら、
ただ相槌を打っているだけなのです。
これは与えていることではありません。
ですから、受けられないのです。
真剣にその人が話そうとしていることを理解しようとしながら聞いていたなら、
自分の話を聞いてもらえないという不満はなくなっています。
相手の話を聞いているだけで、しあわせな時に満ち足りることができるのです。
かなり厳しいことを言いましたが、
最初に述べたように、「与えることは受けること」ということを理解し、
いつもその心情でいるのは難しいことなのです。
もちろんわたくしも出来ていません。
ですからこそ、いつもその事をこころに留めていたいと思います。
そうすると、どんな人と出会っても、
どんな場所にいても、
親子で安心した時を過ごすときのように、
無防備で安らかで楽しい気持ちでいることができるでしょう。
もう9月も半ばを過ぎだというのに、関東では暑い日が復活しています。
今年はほんとに暑い夏でしたね。
わたくしも何年かぶりで真っ黒に日焼けして、夏を満喫しましたが、
そろそろ秋が恋しくなってきました。
今日は「甘え」と「感謝」についてお話しようと思っていたのですが、
夜子先生のBlog「ヨルブロ」にお邪魔したら素敵なメッセージがあり、
思うところがありましたので変更して、
「与えることは受けること」についてお話することにします。
「与えることは受け取ることと同じである」
これはわたくしが尊敬するジャンポルスキー氏の言葉です。
しかしこのことを完全に理解して、いつもこの心情でいることは
とても難しいことです。
しかし難しいからといって、「出来っこない」とあきらめてしまうことは、
しあわせに背を向けるようなものです。
どうか、いつもこころに留めていていただきと思います。
前置きがすごーく長くなりましたが、
与えることが、どうして受けることと同じなのか?
一番わかりやすいのは、
親と子供の関係に見られます。
親は我が子を無償の愛で育てます。
いつも最良のものをと、そのとき持てる全てをかけて、出来る限りのことをします。
では子供はどうでしょうか。
子供はどんな親でも親を愛しています。
親は子供に与えたものを返してもらおうとは全く考えません。
一切の見返りを期待しないのです。
子供が自分を愛してくれているのか、いないのかさえ、考えないものです。
目に見えることで言えば、親が年老いたとき、
子供は親の世話をします。
一人でお墓に入れる人はいません。
しかし目に見えないところで、この法則はいつも成り立っているのです。
与えた分だけ、受けているのです。
ですから 「与えたることは受けることと同じ」 なのです。
でも、受けるために与えるのではありません。
子供に見返りを期待しないのと同じです。
受けるものについて考えることは必要ないということなのです。
考えることは、相手に対して全力で力になろうということだけなのです。
恋愛において、相手が自分の話ばかりして、わたしの話を聞いてくれない。
というようなことをよく聞きます。
このようなことを聞くと、その人は相手の話をよく聞いてあげているのだなと、
思いがちですが、これは錯覚です。
自分の話を聞いてくれない と、不満の気持ちで悶々としながら、
ただ相槌を打っているだけなのです。
これは与えていることではありません。
ですから、受けられないのです。
真剣にその人が話そうとしていることを理解しようとしながら聞いていたなら、
自分の話を聞いてもらえないという不満はなくなっています。
相手の話を聞いているだけで、しあわせな時に満ち足りることができるのです。
かなり厳しいことを言いましたが、
最初に述べたように、「与えることは受けること」ということを理解し、
いつもその心情でいるのは難しいことなのです。
もちろんわたくしも出来ていません。
ですからこそ、いつもその事をこころに留めていたいと思います。
そうすると、どんな人と出会っても、
どんな場所にいても、
親子で安心した時を過ごすときのように、
無防備で安らかで楽しい気持ちでいることができるでしょう。
# by agiryusei | 2007-09-21 14:03 | こころの学び


